2008年06月14日

秋葉原の17人殺傷事件について

秋葉原の17人殺傷事件について、まずそれを聞いた時に思ったのは「またか・・・」毎日のように凶悪犯罪が報道されている為か、ふと思ったのはこういう言葉でした。

テレビを見る前に妻から聞いたのですが、その時点で私は「そういう人は今まで生きてきた人生の中で人のせいや、周りのせいにして生きてきたんだろうな」と、すぐに察しがつきました。

後日テレビを見ていたら、やっぱりそういう人で、何でも人のせいにしてしまう、自分が嫌われているとか、とにかく意識が外向きすぎる人だったようです。


ここで書いた、意識が外向きという部分を簡単に説明させてもらうと、人は普段、ラーメン美味しそうだなとか、かっこいい車だなーとか、意識が外に向きがちですよね。

その意識を内側へと向けて自身を省みることが出来ていたら、なぜ孤独になるのか?などの現状を分析し打破できたのではないかなと・・・

もしかしたら、孤独の原因が自分にあるというのもわかっていたのかもしれないですけどね。ただ素直になれなかっただけなのかもしれない。

 でも、自分の意志で決断し生きてきた人生の中で、作り上げてきた自分自身に不満を持ち、あげくにはその無力さを社会への憎しみに変え、関係のない人まで巻き込んでしまう。

しかし、どこをどう考えても自分自身に責任があったとしかいいようがないのです。少なからず養育環境からも影響は受けているとは思いますが、自己の責任を社会へと転化するのは全くオカド違いです。

心理学的な観点から考えると、人は、病気(遺伝もある)にしても、事故にしてもほとんどの事象は自分自身が無意識的に決断し、呼び込んでしまっていることがほとんどだそうです。だからこそ人は運任せで生きている訳ではないのです。

ですから、逆に言えば生きるということへの覚悟が必要になってくるのです。武士に二言は無いという潔い言葉がありますが、武士はいつ自分が斬られて死んでしまうかもしれない中で、覚悟を決めて生きなければならなかった。だから、このような言葉があるのではないかと思います。

大げさだと思われるかもしれませんが、それぐらいの覚悟があるからこそ、普段の生活も一生懸命に生きることが出来るのではないでしょうか。

わたしの先生がいつもおっしゃられている言葉ですが、何事も精一杯やっていない人に限って人の文句を言ったり、ねたんだり、ウソをついたりする傾向にあると言われます。
まさにその通りだと思います。

私は武道空手道を通して子供から大人まで指導していますが、生きる中で一番大切な土台となるのが精神的な部分で、必ずこの「覚悟」の部分を指導しています。

その覚悟があってこそ、眼を背けたくなるような嫌なことや、省みたくないことであっても、自分を省みる勇気が湧いてくる。

その先に、自己を見つめる第三の眼を養っていくことが出来るのではないかと思います。
人が人である由縁、人と動物の違いは理性で感情をコントロールすることが、出来るかどうかであるはずです。

このコントロールする知恵を身につけることができれば社会荒廃した世の中を生きるのに大変必要なことになるのではないでしょうか。


その自己を省みる手法についてはコチラです↓
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