2007年10月26日

勝てばいいのか?それだけ?

 この間、ボクシングがあって、反則行為がひどかったことで大変な騒ぎになっていますね。自分は稽古日だったので、試合は見ていなくてニュースのダイジェストで見たくらいなのですが、確かに凄いことになっていましたね。


 空手の子供達も見ていた子たちが多かったようで、子供達にもしっかりと話すいい機会だと思い、話しをしておきました。

 
 「みんなが空手をやっているのは、試合に勝つとかそういうことだけの為にやっているわけではありません。じゃあ何のためにやっているのか、心を鍛えるためにやっているのです。それなのに、勝つ為だけに反則をして、自分の弱い心に負けて反則をしてしまったら、相手に勝つ前に自分自身に負けているのと一緒なのです。それでは勝っても意味がないでしょう。」子供たちもウン、ウンとうなずいていました。


 特に私達がやっていることは「武道」です。武道の「武」とは矛(ほこ)を止めるとかきます。護身として学んだ技術は、使う人の心次第では凶器になり得る事もあるのです。だからこそ、武道は「心・技・体」と言って、技術修練だけでなく、心の修練なども同時に行っていくのです。


 しかしながら、自分自身も試合で負けてばっかりだったときに、小沢先生に「先生、心理学に詳しいのでしたら、今度の試合に勝てるように、催眠術をかけてください。」と言ったことがありました。
「お前は何を言っているんだ。催眠術やドーピングで勝ちを拾って何が嬉しい。そこにお前自身の成長はあるのか?武道の本質は強くなるだけが目的ではなく、強くなるまでにどれだけ努力したかという過程の方が、はるかに大切なんだよ!!」と諭されたことがありましたが、このことからもわかるように強さだけを追い求めて、かたよってしまうと、必ずどこかで副作用が出てしまうのは当然の事なのですよね。

 
 自分は、もし試合で正々堂々と戦って負けたときはしょうがないと思います。それは完全燃焼の上で、自分の力不足で負けてしまうのだし。あとは、その次にどうステップアップするかを考えればいいだけで。失敗を恐れず、腹をくくって覚悟を決めて、生きていけば、素直さや潔さが出てきて、人から慕われるような強い人間になっていけると思いますし、実力も伴っていくのではないでしょうか?むしろ失敗を恐れ、自分自身の弱い心から逃げてしまうことのほうが、もっとも怖ろしいことだと私は思います。力の無い正義は無力であるという意味も充分理解していますが、みなさんはどう思われるでしょうか?


この記事へのトラックバックURL

http://zendoukumamoto.otemo-yan.net/t55555